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鬼滅の刃:「正義」とは!?「正しい」とは!?時透無一郎と竈門炭治郎は、刀鍛冶の里で「からくり人形の縁壱零式」を巡って衝突しました。

マンガ・アニメ

英語のJUSTICEは「正義」と訳されますが、本来は「公平・公正」という意味で使われています。「正義=絶対的に正しい価値」ということではないのです。

無一郎「度を超えて頭が悪い子みたいだね
壊れるから何? また作ったら?

君がそうやってくだらないことを
ぐだぐだぐだぐだ言ってる間に
何人死ぬと思っているわけ?

柱の邪魔をするっていうのは
そういうことだよ

柱の時間と君たちの時間は
全く価値が違う」

日々鬼たちと戦っている鬼殺隊ですが、このエピソードの無一郎くんの思考や行動を見ると、「これでは鬼たちと変わらないのでは?」という印象を持たざるを得ません。(のちのち無一郎くんは、とってもよい子になります)

鬼滅まとめ | いとき

このようなことは現代社会でもありうることかもしれません。たとえば無一郎くんを会社の上司、小鉄を資料やデータを制作するシステムエンジニア、炭治郎を一般社員とすると…

無一郎上司「俺の邪魔をすれば、
多くのお客様に迷惑がかかる!!
資料室の鍵をよこせ」

無一郎上司が小鉄エンジニアを殴打

小鉄エンジニア「あの資料室のPCは、
我が家に代々受け継がれてきた至宝
次に電源を入れたら壊れてしまいます」

無一郎上司「バカなの?
壊れるならまたつくれば?」

炭治郎社員「無一郎上司のおっしゃることは
正しいとは思います。
しかし、エンジニアも立派な我社の一員、
彼らのことも尊重しては下さいませんか?」

無一郎上司「2人ともうるさい、クビ(殴打)!!」


エピソードを簡略化してみましたが、

現代風にすると
このようになるのではないでしょうか?
鬼滅まとめ | いとき

さすがに無一郎上司は暴力などはもってのほか、パワハラが過ぎています。

しかし僕は、人にはそれぞれの「正しさ」があってもいいとは思います。またそれを追求することも人生のストーリーの一部であると認識しています。

この世で絶対に正しいというものはないのでしょうし、勝ちや負けを判断する基準も、力や権力だけでなくたくさんあります。

何事も否定をするのではなく、何事にも疑いを持って考え、適切に分析して答えを導き出す思考方法として「クリティカルシンキング」というものがありますが、その何事のなかには自分自身のことも疑うという意味も入っているのです。

ときとうくん | あたか
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