#ジョジョの奇妙な冒険 #黄金の風 #ジョルノ・ジョバァーナ から学ぶ。「悟りのゲシュタルト!!!」|鈴木一弘 苫米地式コーチング認定コーチによるアニメ解説 @KazuhiroSuzukiX #note https://t.co/XrfvXsOGS5
— 鈴木一弘 (@KazuhiroSuzukiX) February 20, 2021
「覚悟」とは………………犠牲の心ではないッ!
「覚悟」とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だッ!
上記のセリフは、ジョルノ・ジョバァーナが、ヤケになり己を犠牲に(死のうと)するミスタに対して伝えたものです。
覚悟という言葉は一般的に
「死を覚悟する」などの
「あきらめの準備」を意味しますが、
じつは、
まったく違う意味が存在しています。
それが、
ジョルノ・ジョバァーナのセリフなのです。

「覚悟」とは、悟り目覚めること!?仏教用語!?そのようなネット記事が多いですが、仏教には「悟り」という言葉(概念)は存在していないそうです。
悟りというと「何でも分かっている」「全知全能」などのイメージがありますが、それは、お釈迦様が大否定をした「100%の情報」なのです。
それでは「覚悟」や「悟り目覚めること」の本当の意味とは何なのでしょうか?
「悟り」とは、
この世は幻である
と理解をすることだそうです。
たとえば、
ジョルノ・ジョバァーナのセリフの
「覚悟」という言葉ひとつ取っても
いろいろな意味があるように、
モノやコトは、
まるで幻のようにアヤフヤなのです。
それは、
モノやコト=アヤフヤ
というよりは、
私たちの認識=アヤフヤで、
情報次第でどのようにもなる
ということだと思います。

「この世は幻=情報次第でどうにでもなる」ということがわかったら、次はどうしたらよいのでしょうか?
答えは簡単です。ジョルノ・ジョバァーナになればいいのです。
お釈迦様は瞑想をして
「この世は幻」を理解した
というのは有名なお話ですが、
「この世は幻」と理解した後は、
ほとんど瞑想をしていないそうです。
では何をしたのでしょうか?
「他人のために生きたのです。」
それは自己犠牲ということではなく、
人のために進むべき道を切り開いた
(利他的な行動をした)
ということです。
ジョルノ・ジョバァーナは、
死の犠牲をしようとするミスタを
言葉で、行動で救いました。

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