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「俺は”元忍”の宇髄天元様だぞ」宇髄天元のルーツ「忍びの者」を学ぶ。

トレーニング

宇髄天元は音柱になる以前

「忍びの者」だったというのは有名な話です。

1618年に小笠原昨雲が残した軍学書「軍法侍用集」にはこうあります。

いくら戦いが上手くても、敵や土地の情報を知るために忍者を雇わなければ、戦いの成果は望めない。(本文要約)

人々の争いは、戦国時代では刀や弓、最近までは銃やミサイルなどの武器で、戦場で軍人同士での戦いがおこなわれてきました。

少し前からは、その戦場はサイバー空間や認知空間にまで移行し、従来の地理的な戦いの場という概念は変化して、さらには軍人と民間人の区別もなくなってきているようです。

現代こそ忍者の心得が必要

軍人と民間人との区別がなくなってきている以上、現実的に軍や自衛官などが民間を守ることは難しくなるはずです。

であるのなら、私たち民間人も宇髄天元のような忍びの者の技術などを身につけて、自分自身や、身の回りの人々を守れるようにしておく必要があると思います。

「軍法侍用集」にある忍びの者の条件

・智ある人(IQが高い人)
・覚えよき人(記憶力がいい人)
・口のよき人(ディベートが上手な人)
この3つが重要であるとされていたそうです。

上記の項目についてのトレーニングは、下記の書籍などでトレーニングができると思います。

道歌でたしなむ忍びの教え

短歌や和歌のなかには、道歌と呼ばれるジャンルがあります。

道歌は、さまざまな道の教訓を歌にしたもので、例えば茶道なら「利休百首」などがあります。忍びの教え(忍道)にも「伊勢義盛百首」(いせよしもりひゃくしゅ)というものなどがあるので、少しご紹介いたしましょう。

・ただ人を つれてしのびに ゆく時は まづ退口(のきくち)を しるしをしへよ
(訳)一般人を連れて潜入する時は、まず逃げ道に印を付けておこう。
・しのびには 身の働は あらずとも 眼(まなこ)のきくを 専一とせよ
(訳)忍は、体を動かさなくても、ひたすらに(観察や洞察の)眼を働かせましょう。
・得たるぞと おもひきりつつ しのびなば まことはなくと かちはあるべし
(訳)しっかりとゴールを設定し、高い自己評価で行動をすれば、真実はなくとも、成功をすることができるでしょう。

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